ハーピストの手は癒しの手
大学病院のハープ・セラピスト:癒しをもたらし、痛みを緩和する

canada.com
2008/10/27

ジョディ・シネマ
(エドモントン・ジャーナル)

【エドモントン】
ドロシー・マークァードさんは病院で迎えた朝、痛みに襲われて倒れて、緊急に癌のCTスキャンを撮る準備に入っていました。ベヴ・ロスさんが小型のハープをかかえて彼女の病室に入って行った時、マークァードさんは大喜びで、口を丸めて「わぉー」と声をあげました。

ロスさんはマークァードさんにハープの振動を感じてもらおうと、柑橘系の木材で出来たハープの共鳴板に手を置いてみるように勧めました。やがてロスさんが“You Are My Sunshine” (ユーアーマイサンシャイン)のメロディーを弾きながら歌い始めると、マークァードさんも一緒に歌いました。時々目を閉じたり、逆に目を輝かせてうっとりとしたりという様子でした。「まぁ、本当に美しいわ」と、マークァードさんは静かな高い声で言いました。「なんと素晴らしいのでしょう!」

彼女の娘さんのレスリー・クリステンセンさんは、音楽がもたらす母親の変化をしっかりと見つめていました。「音楽は母に命を与えたのです。たった一日だけのことではなくて」と言いました。

電子オルガン奏者からハープ・セラピストに転向したロスさんは、セラピーの道具としてハープを使いながら、毎週15時間、大学病院の病棟や集中治療室を往来しています。彼女は患者を音のゆりかごに入れて癒し、患者の呼吸を楽にし、眉間にしわをよせる必要もない程にリラックスさせるのです。

彼女は、クロス癌センターで死を迎えている患者や化学療法を受けている患者たちのためにハープを演奏しています。隔離されている患者の耳に届くように病棟の廊下で演奏したこともあります。

ロスさんはカルフォルニアのハープ・セラピー・プログラムで、患者の心をどのように理解するかや、話すことの出来ない患者に対しては顔の表情や心臓の鼓動リズムを観察することなどを学びました。

一つの例として、鎮痛剤投与治療を受けながらも激痛で体を丸め、前後に揺れながらG (ソ)のキーでうめいている患者にセッションを施したことがあります。ロスさんはその患者のうめき声と同じG (ソ)の音を弾き始め、患者の体の揺れと同じリズムでメロディーを弾き、だんだん速度を落として、やがて子守唄のメロディーに移っていきました。するとその女性患者も同じようにゆっくりと呼吸をするようになり、しだいに体の揺れも収まって、顔はしかめっ面も消えてリラックスし、あごの筋肉も緩みました。

「もし、患者さんが苦痛や困難を抱えて悪い状態に陥っていれば、その人が表している痛みをよく理解し、それを認めることです」とロスさんは言っていました。

ロスさんは2006年にカルフォルニアのプログラムを終了したカナダ・アルバータ州で最初のセラピストです。彼女の指は「私は聞いていますよ。あなたの苦痛に耳を傾けていますよ」と言っているのです。

ロスさんは、同じく“大学病院の病棟におけるアート・プログラム”で働いている同僚の言葉を引用して、「私たちは患者さんが自分を取り戻すお手伝いをしているのです」とも語っています。

ロスさんは、ある患者の病状悪化の知らせを受けて、すぐにその患者の病室に行った時のことを次のように回想しています。言葉は交わしませんでしたが、その女性患者は泣きじゃくっていたので、落ち着かせて、ハープを弾きながら低い声で静かに歌い始めました。そして、涙が収まっていくのを見届けてから、彼女の気分の変化を反映するようにメロディーを変えていきました。

ロスさんは、自分はハープ・セラピストであって、患者を診断して治療計画を立てることのできる音楽療法士ではない、ということを指摘しながら、「ベッドサイドでの音楽はマッサージを施すのと少し似ています」と言っています。
患者の病気の状況について知ることはめったにありませんが、病室の壁に患者の孫娘が描いた虹の絵が掛かっている、といったようなちょっとした事から手掛かりを得て、病室の雰囲気に合わせて音楽を提供するのです。

ロスさんは、心臓病棟では特に注意深く演奏します。というのは、そこでは心拍数の上昇が危険なこともあるからです。

「ベッドサイドでは、ジグ(8分の6拍子の活発な舞踊曲)や速度の速いリール(スコットランドなどでの4拍子のダンス音楽)を弾くようなことはしません。心臓のゆっくりとした鼓動のペースに合わせて動いていきます」

ロスさんがケリン・マッケンジーさんに2回目のセッションを施した時には、テネシーワルツの演奏を避けました。というのは、24歳のケリンさんが、前回その曲で強烈な感情反応を引き起こしたからです。

マッケンジーさんは盲人で聴覚障害もあり、入院して4週間、ずっと心臓移植を待ちながら、血栓症の救急医療を受けていました。

マッケンジーさんにとってハープといえば、クリスマスや天使を思い出す楽器でしかなく、ハープ音楽で特に元気づけられたということもありません。好きなミュージシャン、アヴリル・ラヴィーンやクリスティーナ・アグレラも、中世の吟遊詩人ではありません。しかし、彼女はこの珍しいハープ・セラピストの訪問を喜び、さらにはその機会に臓器移植への支持を訴えて「ドナーカードにサインして!」と、いたずらっぽく笑いながら言いました。

ハープはその美しい形、深い響きや整った倍音などで、セラピーには最適な楽器だとロスさんは言っています。しかし、いわゆる正統派の科学は、音楽が健康に及ぼす効果をようやく測り始めたばかりです。

最近、ドイツと英国の研究者たちによって、音楽を50分間聴くと免疫抗体が増え、ストレスホルモンが低下するということがわかりました。また、その他の研究では、音楽が血圧や心拍数を下げ、結果的に入院日数を短縮するということも明らかにされました。キャピタルヘルスの心臓リハビリの医科長であるビル・ダフォー医師は、「よく知られていますよ、音楽の効用は」と述べています。

第二次世界大戦に遡って考えてみれば、バグパイプの演奏が軍隊の士気を鼓舞し、敵に恐怖を与えました。ロスさんの音楽は看護師部隊にやる気を起こさせているのです。

テレビ番組The Friendly Giant (=優しい巨人、1950年代から80年代にかけてCBCで放映され続けた番組)のテーマ音楽がハープから流れてくると、「エレベーターに乗って上に行くみたいで、しかもこんなにリラックスして上がっていったことは今までにないわ」と、ひとりの女性が言っていました。

レッド・ツェッペリンの「天国への階段」 や、ディープ・パープルの「湖上の煙」などにもリクエストはありますが、その曲は本当に人気があります。

「私は流しのハープ弾きのようなものですね」とロスさんは語っています。

(KN 訳)

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